リラクサー強誘電体はなぜ広い温度域で巨大応答を示すのか
―相転移の「遅さ」と持続する「臨界的な揺らぎ」を解明―
2026年9月18日
総合科学研究機構
量子科学技術研究開発機構
広島大学
J-PARCセンター
韓国原子力研究院
【発表のポイント】
- 超音波エコーやソナー、各種センサなどに用いられる高性能圧電材料「リラクサー強誘電体」が、圧力や電気的な刺激をわずかに加えるだけで、大きく変形したり、大きな電気信号を生じたりする「巨大応答」を、なぜ広い温度範囲で示すのかという長年の謎に迫る
- SPring-8※1での急冷放射光X線回折により相転移の進行が極めて遅いことを解明し、J-PARC※2などでの中性子散乱により臨界的な揺らぎが広い温度域に残ることを発見。両者を結び付け、巨大応答を支える新たな仕組みを提示
【概要】
総合科学研究機構(CROSS)、量子科学技術研究開発機構(QST)、広島大学大学院先進理工系科学研究科、J-PARCセンター、韓国原子力研究院の共同研究グループは、代表的なリラクサー強誘電体PMN-xPT(マグネシウムニオブ酸鉛-チタン酸鉛固溶体)について、SPring-8での急冷放射光X線回折と、J-PARCおよび韓国の研究用原子炉HANAROでの中性子散乱を組み合わせ、その巨大応答の起源を調べました。リラクサー強誘電体は、電気信号と機械的な変形を高効率で相互変換できる高性能材料で、超音波エコーやソナー、各種センサなどへの応用が進められています。通常の強誘電体では、大きな応答は相転移温度のすぐ近くに限られます。これに対してリラクサー強誘電体では、巨大な応答が広い温度範囲にわたって現れますが、なぜこのような状態が実現するのかは長年の謎でした。
本研究では、モルフォトロピック相境界(MPB)※3付近のPMN-xPTを急冷すると、ゆっくり冷却した場合に生じる巨視的な構造相転移が大幅に抑制されることを発見しました。これは、この物質の相転移の進行が極めて遅く、急冷によって相転移を「追い越す」ことができることを示しています。
さらに、中性子散乱により物質内部の極性ナノ領域(PNR)※4が、巨大応答の現れる広い温度範囲で、空間的にも時間的にも「スケールフリー」な臨界的相関※5を示すことを明らかにしました。
これらの結果から、相転移の進行が極めて遅いために、本来は相転移点近傍に限られる臨界的な揺らぎが広い温度範囲で持続し、それがリラクサー強誘電体特有の巨大応答を支えているという新たな理解を与えました。この成果は、長年謎とされてきた巨大応答の起源に新たな理解を与えるとともに、冷却速度を用いて物質の状態や機能を制御する新しい可能性を示すものです。
本研究成果は、現地時間2026年9月8日米国物理学会の学術誌 Physical Review Materials にLetterとして掲載されました。また、同誌が選ぶ特に重要な論文としてEditors’ Suggestionsに選出されました。
【研究の背景】
圧電材料は、電気信号と機械的な変形を相互に変換できることから、医療用超音波エコー、ソナー、各種センサなどに広く利用されています。中でもPMN-xPTに代表されるリラクサー強誘電体は、電場や応力に対して非常に大きな誘電応答・圧電応答(以下、本稿ではこれらを総称して「巨大応答」と呼ぶ)を示す高性能材料として知られています。
通常の強誘電体では、相転移温度に近づくとさまざまな大きさの揺らぎが発達する「臨界現象」が起こり、大きな誘電応答が現れます。しかし、そのような巨大応答は通常、相転移温度のごく近傍に限られます。
一方、リラクサー強誘電体では、巨大な応答が非常に幅広い温度範囲で現れます。物質内部には、電気分極の向きが局所的にそろったナノメートルサイズのPNRが存在することが知られていますが、なぜ臨界的な揺らぎが広い温度域に維持されるのかは明らかになっていませんでした。
研究グループは、相転移そのものの進行が非常に遅いため、本来は相転移点付近だけに現れる臨界的な揺らぎが広い温度範囲に引き延ばされ、それが巨大応答を支えているのではないかとの仮説を立てました。この仮説を検証するため、相転移の速さを調べる急冷実験と、PNRの空間的・時間的な揺らぎを調べる中性子散乱実験を組み合わせて検証しました。
【研究の内容と成果】
研究グループはまず、SPring-8のBL22XUでPMN-xPT単結晶を高温から急冷し、その結晶構造を放射光X線回折で調べました。

PMN-30%PT(PMNが70%、PTが30%)をゆっくり冷却すると、X線回折ピークが明瞭に分裂し、結晶全体の構造が変化する「構造相転移」することが確認されました(図1)。しかし、冷却速度を毎秒250 K以上にするとピーク分裂が次第に小さくなり、毎秒350 Kでは巨視的な構造相転移がほぼ抑制されました。同様の現象は組成の異なる試料でも観測されました。
この結果は、MPB近傍では複数の結晶状態が競合することによって相転移の進行が著しく遅くなっており、十分に速く冷却すれば、相転移が完了する前に低温まで到達できることを示しています。
次に、HANAROでの中性子小角散乱と、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)※2のBL14 AMATERASおよびBL02 DNAを用いた中性子準弾性散乱により、PNRの空間的・時間的な相関を調べました。

その結果、巨大応答が現れる広い温度範囲で、PNRの空間相関と時間相関の双方が「べき乗則」に従うスケールフリーな性質を持つことが分かりました(図2)。これは、本来は相転移点近傍に特徴的な臨界的相関が、リラクサー強誘電体では広い温度範囲にわたって維持されていることを示しています。
さらに、相転移温度付近では、異なる空間・時間スケールを観測する複数の中性子散乱実験から得られた結果が同じスケーリング則(規則性)を示しました。これにより、PNRが空間的にも時間的にも幅広いスケールにわたって相関した臨界的な状態にあることが明らかになりました。これらの実験結果から得られた新たな描像を図3に模式的に示します。

【研究の意義と今後の展望】
本研究は、リラクサー強誘電体に特有の広い温度範囲での巨大応答を、相転移の「遅さ」という観点から理解する新たな描像を示したものです。
複数の状態が競合することで相転移の進行が遅くなり、本来は相転移点近傍に限られる臨界的な揺らぎが広い温度範囲に残ります。そして、その臨界的な揺らぎがリラクサー強誘電体の巨大応答を支えていると考えることで、これまで別々に議論されてきた相転移、極性ナノ領域、巨大応答を一つの枠組みで理解することができます。
さらに、本研究は、物質の状態が温度や化学組成だけでなく、「どのくらいの速さで冷却するか」によっても変化することを示しました。今後、冷却速度を新たな制御パラメータとして活用することで、通常の熱平衡状態では得られない構造や機能を引き出し、高性能な圧電材料やセンサ材料の機能制御につながることが期待されます。
【研究支援】
SPring-8における放射光X線回折実験は、BL22XUにおいて実施されました(課題番号:2019A3785、2020A3787)。本研究は、JSPS科研費(18K03502、25400355)、文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業(JPMXP09A19QS0019、JPMXP09A20QS0025)の支援を受けて実施されました。HANAROの40 m中性子小角散乱装置を用いた実験は、韓国政府によるNational Research Foundation of Korea(NRF-2012M2A2A6004260)の支援を受けました。J-PARC物質・生命科学実験施設における中性子実験は、課題番号2013B0064、2014I0002、2018I0002、2019P0501、2019P0502、2020P0502により実施されました。
【各研究機関の役割】
総合科学研究機構(CROSS): 研究計画、中性子散乱実験、データ解析、研究全体の取りまとめ、論文執筆
量子科学技術研究開発機構(QST): SPring-8における急冷放射光X線回折実験、実験手法の開発・解析
広島大学: SPring-8における急冷放射光X線回折実験、研究結果の議論
J-PARCセンター: J-PARC MLFにおける中性子散乱実験
韓国原子力研究院(KAERI): HANAROにおける中性子小角散乱実験
【論文情報】
| 論文タイトル | Sluggish phase-transition kinetics and extended critical correlations in relaxor ferroelectrics |
|---|---|
| 掲載誌 | Physical Review Materials |
| 著者 | 松浦 直人1、大和田 謙二2、塚田 真也3、町田 晃彦2、菊地 龍也4、 Young-Soo Han5 |
| 著者所属 | 1総合科学研究機構中性子科学センター、 2量子科学技術研究開発機構、 3広島大学大学院先進理工系科学研究科、 4J-PARCセンター、 5韓国原子力研究院 |
| DOI | https://doi.org/10.1103/tnnk-lhcn |
【本件問い合わせ先】
<研究に関すること>
総合科学研究機構 中性子科学センター
主任研究員 松浦 直人(まつうら まさと)
E-mail:m_matsuura[at]cross.or.jp
TEL:029-219-5300
<報道に関すること>
総合科学研究機構 中性子科学センター 利用推進部 広報担当
E-mail:press[at]cross.or.jp
TEL:029-219-5300
量子科学技術研究開発機構 国際・広報部 国際・広報課
E-mail:info[at]qst.go.jp
TEL:043-206-3026
広島大学広報グループ
E-mail:koho[at]office.hiroshima-u.ac.jp
TEL:082-424-4518
J-PARCセンター 広報セクション
E-mail:pr-section[at]ml.j-parc.jp
TEL:029-287-9600
※[at]を”@”に置き換えてください。
【用語解説】
※1:大型放射光施設(SPring-8)
兵庫県播磨科学公園都市にある大型放射光施設。SPring-8の名称は「Super Photon ring-8 GeV」に由来します。放射光とは、電子を光に近い速度まで加速し、その進行方向を磁石によって曲げた際に発生する非常に明るいX線などの電磁波で、物質の原子配列や電子状態を高精度に調べることができ、材料科学、生命科学など幅広い研究に利用されています。
※2:大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)
J-PARCは、日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で茨城県東海村に建設し運用する研究施設。MLFでは陽子ビームを水銀標的及び炭素標的に当てて発生する中性子やミュオンを利用して、物質や生命現象の解明、新材料開発などの先端学術研究や産業利用研究が行われています。
※3:モルフォトロピック相境界(MPB:Morphotropic Phase Boundary)
化学組成を変えたときに、異なる結晶構造を持つ相が接する境界。PMN-xPTではこの近傍で複数の状態が競合し、非常に大きな誘電・圧電応答が現れます。
※4:極性ナノ領域(PNR:Polar Nanoregions)
リラクサー強誘電体内部に形成される、電気分極の向きが局所的にそろったナノメートル(1メートルの10億分の1)サイズの領域。その空間的な配置や時間的な揺らぎが、リラクサー特有の物性と深く関係しています。
※5:スケールフリーな臨界的相関
特定の長さや時間といった固定された尺度(スケール)に依存するのではなく、幅広い空間・時間スケールにわたって共通の法則に従う相関。相転移点付近の臨界現象で特徴的に現れます。