マリモカーボンを触媒担体とする固体高分子形燃料電池設計
物質輸送性と良好な接触を両立するホットプレス条件を解明
2026年8月24日
国立大学法人茨城大学
一般財団法人総合科学研究機構
【ポイント】
- 次世代の燃料電池触媒担体「マリモカーボン(MC)」を用いた膜電極接合体(MEA)において,製造過程のホットプレス条件(温度・圧力)と発電性能の関係を初めて解明。
- 低温では触媒層の剥離が生じ,過剰な圧力は燃料ガスや水の移動経路(繊維間空隙)を潰してしまう課題を特定。
- 最適なホットプレス条件を見出すことで,MCの優れた物質輸送特性を活かした高効率な燃料電池の設計指針を確立。
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茨城大学大学院理工学研究科/学術研究院応用理工学分野の江口美佳教授,同大学院博士後期課程量子線科学専攻の髙村康平氏 (研究当時,現所属:一般財団法人総合科学研究機構)らは,独自性の高い球状炭素材料「マリモカーボン(MC:Marimo Carbon)」を触媒担体とした固体高分子形燃料電池(PEMFC:Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell)を用いて,膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)の設計条件と発電性能の関係を明らかにしました。
本研究成果によりMCのような新規触媒担体を活用した高性能PEMFCのMEA設計における重要な指針が得られました。
この成果は,International Journal of Hydrogen Energy (インパクトファクター (IF):9.2 ) に8月14日付で掲載されました (7月23日にオンラインで公開) 。
【背景】
固体高分子形燃料電池(PEMFC:Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell)は,家庭用燃料電池や燃料電池自動車など幅広い分野への応用が期待されています。PEMFCの発電反応場を担う膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)は,電解質膜をアノード触媒層とカソード触媒層で挟んだ三層構造からなり,その構造は発電性能に大きく影響を与えるため,MEA構造の最適化はPEMFCの高性能化に向けた重要な研究課題となっています。PEMFCの発電では,アノード触媒層に供給された水素が電子とプロトンに分離され,プロトンは電解質膜を,電子は外部回路を通ってカソード触媒層へ移動します。両者はカソード側で酸素と反応して水を生成し,この一連の化学反応によって電気エネルギーが取り出されます。この発電過程では,水素,酸素,プロトン,電子,水といった様々な物質が,触媒層,電解質膜,およびその界面を移動しています。そのため,MEA内部における物質輸送性を向上させることは,PEMFCの性能向上に有効な手法の1つとされています。
茨城大学江口研究室では,マリモカーボン(MC:Marimo Carbon)と呼ばれる炭素材料をPEMFC用触媒担体として利用する研究を行っています。MCは,酸化ダイヤモンドを核として多数の炭素繊維が放射状に成長した球状構造を有しており,従来の粒子状の炭素担体(カーボンブラックなど)とは大きく異なる構造を持ちます(図1)。これまでの研究から,MCで形成された触媒層は優れた物質輸送性を示すことが明らかになっています。これは,MCの炭素繊維が電子伝導経路,繊維間空隙が燃料ガスおよび水の移動経路として効率的に機能するためです。本研究では,さらなる物質輸送性の向上を目指し,MEA作製後のMC構造に着目しました。MEAの作製工程では,触媒層と電解質膜の密着性を向上させるためにホットプレス処理が行われます。ホットプレスでは,加熱によって軟化した電解質膜を触媒層で挟み込み,圧力を加えることで,触媒層―電解質膜界面の接触状態を改善します。過度な加熱は電解質膜の不可逆的な構造変化を引き起こし,プロトン伝導性を低下させる可能性があります。また,プレス圧力は触媒層を圧縮し,物質輸送経路を変化させることが知られています。
そこで本研究では,MC触媒層を用いてホットプレス条件がMEA構造に及ぼす影響を評価し,その構造変化と発電特性の関係を明らかにしました。本研究により,MCのような新規触媒担体を活用した高性能PEMFCのMEA設計における重要な指針が得られました。

【研究手法】
本研究で用いたMCは,化学気相蒸着法により,Ni担持酸化ダイヤモンドにメタンガスを接触させることで合成しました。酸化ダイヤモンド上に担持された各Niがメタンを分解し,そのNi粒子を起点として炭素繊維が成長します。塩化白金酸・六水和物を前駆体として用い,液相法によりMCの炭素繊維表面に反応活性点となる白金を担持しました。触媒層は,白金担持MCを含む触媒インクを調製し,テフロンシート上にスプレー塗布することで作製しました。作製した2枚の触媒層で電解質膜を挟み,ホットプレスを行うことで触媒層を電解質膜へ転写し,MEAを作製しました。
ホットプレス条件は,温度を125~155 ℃,圧力を400~520 N/cm2の範囲で変化させました。得られたMEAの構造は,走査型電子顕微鏡(SEM),表面抵抗値測定および膜厚測定により評価しました。また,MEAの電気化学特性は,発電試験および電気化学インピーダンス分光法(EIS)を用いて解析しました。
【結果】
図2はプレス温度125 ℃および155 ℃で作製したMEAのSEM像を示しています。なお,プレス圧力はいずれも460 N/cm2です。断面観察の結果,MEA特有の三層構造が確認されました。中央の約50 μmの層が電解質膜,その両側の約5 μmの層が触媒層に相当します。触媒層―電解質膜の界面を観察すると,触媒層を構成する一部の粒子が電解質膜内に埋没している様子が確認されました(図中:赤矢印)。これらの埋没粒子の粒径および出現頻度から,MCはMEA作製の過程において図1(a)の状態から部分的に崩壊し,その大部分は触媒層―電解質膜界面で平坦化し,一部が凝集体として残り埋没粒子として観察されたと考えられます。125 ℃で作製したMEAでは,さらに触媒層が電解質膜から剥離している様子が観察されました。この触媒層剥離は,MEA表面のSEM観察においても明確に確認されました。低温条件では電解質膜の軟化が不十分な状態で圧力を加えるため,埋没粒子周辺に局所的な圧力負荷が生じ,触媒層剥離を引き起こしたと考えられます。
プレス圧力の影響については,触媒層剥離が認められなかった155 ℃の条件で検討しました。プレス圧力を400~520 N/cm2の範囲で変化させても,SEM像には顕著な構造変化は確認されませんでした。一方で,MEAの表面抵抗値を測定したところ,プレス圧力の増加に伴い抵抗値が低下することが確認されました。これは,圧力の増加によって触媒層内部の電子伝導経路が短縮されたことを示唆しています。また,触媒層の膜厚測定では,プレス圧力の増加に伴い触媒層膜厚が減少する傾向が確認されました。これらの結果から,プレス圧力の増加は,触媒層を形成するMCの繊維間空隙を縮小させることが明らかになりました。
以上のSEM観察,表面抵抗値および膜厚評価の結果から,低温でのホットプレスは触媒層剥離の主な要因となり,プレス圧力の増加はMCの繊維間空隙を縮小させ,触媒層の微細構造を変化させることが明らかになりました。

ホットプレス条件によるMEA構造の違いは,発電性能にも大きな影響を与えました。図3は各MEAの発電試験結果を示しています。高電流密度域ほど化学反応量が増大するため,物質輸送の影響が大きくなります。図3(a)に示すように,0.8 A/cm2以上の高電流密度域では,プレス温度が低いほどセル電圧が低下しました。図2で確認された触媒層剥離は燃料ガス輸送を阻害する可能性が考えられます。高電流密度域の性能を反映する最高出力密度では155 ℃が396.0 mW/cm2で最も高い値を示しました。プレス温度を155℃に最適化することで,低温時に比べて出力が1.2倍に向上しました。
ホットプレス圧力では,図3(b)に示すように,最高出力密度は460 N/cm2で最も高い値を示しました。MEA構造評価より,プレス圧力の増加はMCの繊維間空隙を縮小させることが示唆されています。この繊維間空隙の変化は,燃料ガス,生成水,電子,プロトンの輸送特性を変化させます。460 N/cm2で最大の最高出力密度を示したのは,これら複数の輸送特性および導電特性のバランスが最適化されたためであると考えられます。
MCはその独特な繊維状構造により,PEMFC用触媒担体として高い可能性が期待されています。一方で,従来の炭素担体とは大きく異なる構造を有することから,その性能を最大限に発揮するためにはMEA構造の適切な制御が不可欠です。ホットプレス条件を最適化することで,MCの優れた物質輸送特性を維持しながら,触媒層と電解質膜が良好に接触したMEAを作製できることを明らかにしました。本研究成果は,MCのみならず,従来の触媒担体とは異なる粒径や内部構造を持つ新規触媒担体を活用したMEA設計に対しても,有用な指針を提供するものと期待されます。

【今後の展望】
本研究により,MCで形成されたMEAの構造と発電性能の関係が明らかになりました。本研究では,局所的に発生した埋没粒子がMEA構造に大きな影響を及ぼし,触媒層と電解質膜の接触状態を悪化させる要因となることが示されました。今後は,MCの粒子サイズや触媒層作製条件を最適化することで,埋没粒子の発生を抑制することが期待されます。MCがより均一に配列した触媒層を形成することで,触媒層―電解質膜間の接触状態の改善が期待され,さらなる発電性能の向上が展望されます。
【謝辞】
塩化白金酸六水和物は小島化学薬品株式会社によりご提供いただきました。電気化学測定においては, エフシー開発株式会社にご協力いただきました。
【論文情報】
| 論文タイトル | Hot-Pressing Conditions for MEA Fabrication Using Higher-Order Fibrous Carbon as a Catalyst Support |
|---|---|
| 掲載誌 | International Journal of Hydrogen Energy |
| 著者 | Kohei Takamura, Hiroyuki Gunji, Mika Eguchi |
| DOI | 10.1016/j.ijhydene.2026.156631 |
| 掲載日 | 2026年8月14日付(2026年7月23日にオンライン公開済) |
【本件に関するお問い合わせ先】
<研究内容について>
茨城大学大学院理工学研究科 教授 江口美佳
TEL: 0294-38-5086
<報道関係のお問い合わせ>
茨城大学 広報・アウトリーチ支援室
TEL:029-228-8008 FAX:029-228-8019
E-mail:koho-prg[at]ml.ibaraki.ac.jp
※[at]を”@”に置き換えてください。