広い温度域で動作する次世代固体冷媒を開発
-従来の理論スケーリングを超える弾性熱量効果を発見-
2026年4月30日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
一般財団法人総合科学研究機構
【発表のポイント】
- チタン(Ti)基超弾性合金において、−171 ℃から+129 ℃までの300 ℃にわたる極めて広い温度範囲での弾性熱量効果(注1)を実証しました。
- 室温において約−10 ℃の断熱温度変化と高い冷却効率を達成しました。
- エアコンや冷蔵庫に加え、宇宙分野においても、次世代の省エネルギー型・環境負荷低減型冷却技術への応用が期待されます。
【概要】
近年、エネルギー効率の向上と温室効果ガス排出削減に向け、固体材料を用いた次世代冷却技術が注目されています。中でも、力により生じる金属材料の状態変化(相変態)に伴う潜熱を利用する弾性熱量効果は、有望な冷却方式とされています。
東北大学学際科学フロンティア研究所の許勝助教らの研究グループは、Ti–Al–Cr系超弾性合金(注2)において、−171 ℃から+129 ℃(温度幅300 ℃)という極めて広い温度域での冷却応答を実証しました。この温度範囲は、従来のクラウジウス―クラペイロン関係(注3)に基づく予測を大きく上回るものであり、相変態熱力学の従来理解に新たな視点を与える成果です。さらに、単一材料で極低温から室温以上まで対応可能な高効率・低環境負荷型冷却技術の実現に道を開くものです。
本研究成果は、科学誌Nature Communicationsに2026年4月27日付で掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
現在、エアコンや冷蔵庫などで広く用いられている冷却技術(蒸気圧縮式)は、高いエネルギー消費と温室効果ガス排出という課題を抱えています。その代替技術として、固体の相変態を利用するカロリック冷却技術が注目されています。弾性熱量効果はその中でも特に高効率が期待される手法で、応力の印加や除荷で生じる相変態に伴うエントロピー変化(ΔS)(注4)が大きいほど冷却能力が高くなります。一方「大きなΔSを持つ材料は温度動作範囲が狭く」、逆に「広い温度動作範囲を持つ材料はΔSが小さい」というトレードオフが存在し、材料開発における制約となってきました。この関係は、クラウジウス―クラペイロン関係と呼ばれる応力と温度の関係によって理解されてきました。
今回の取り組み
今回、研究グループは、2025年に開発したTi–Al–Cr超弾性合金(図1)を用い、極低温から高温に至る広い温度範囲において、機械特性および弾性熱量効果の詳細な評価を行いました。まず、圧縮試験を広い温度域で実施した結果、−196 ℃から+187 ℃にわたる極めて広い温度範囲において、明瞭な超弾性特性が発現することを確認しました(図2)。各温度における応力–ひずみ曲線で示される通り、応力により変形を与えたTi–Al–Cr系超弾性合金が、応力を除くとほぼ元の形に戻る超弾性を示しました。この現象は、応力により生じる相変態が可逆性を持つことを示しています。また、中性子単結晶構造解析装置(SENJU)を用いたその場観察より、この相変態に伴う結晶構造の変化を直接確認しました。さらに、超弾性に伴う弾性熱量効果を直接評価するため、急速に応力を解放した際の試料温度変化(断熱温度変化)を測定しました。その結果、−171 ℃から+129 ℃の広い温度範囲において、除荷に伴う吸熱反応(冷却効果)が確認されました(図3)。特に室温付近では、約−10 ℃に達する顕著な温度低下が観測され、実用冷却材料としても有望な性能を示しました。これらの結果は、本合金が「広い温度範囲」と「実用的な冷却能力」を同時に満たす稀な特性を有することを示しており、従来の設計指針を拡張する重要な知見となります。



今後の展開
本研究で明らかになったTi–Al–Cr合金の弾性熱量特性は、従来のクラウジウス―クラペイロン関係に基づく設計指針では想定されていなかった広い温度域で得られ、弾性熱量材料の新たな設計概念を提示するものです。特に、超弾性応力の温度依存性の抑制により、温度範囲と冷却能力のトレードオフを緩和できることが示され、今後の材料設計において重要な指針になると考えられます。
本材料が示した冷却動作温度範囲は−171 ℃から+129 ℃に及び、低温領域を含む広温度域での熱制御材料として、宇宙分野を含む幅広い応用が期待されます。特に、広い温度域での冷却に対して、従来材料では複数材料の組み合わせが必要であったのに対して、単一材料で対応可能となる点は、冷却システムの簡素化や高効率化の観点から重要です。
一方で、本研究で得られた特性を実用化へと展開するためには、繰返し変形に対する耐久性やエネルギー損失の低減、加工性および形状制御といった課題の克服が必要です。特に材料の変形中に生じるエネルギーの損失は冷却効率に直接影響するため、その抑制は今後の重要な研究課題となります。
今後研究グループは、組成設計および微細構造制御を通じて上記の課題の解決を図ります。さらに、デバイス応用を見据えた材料設計および冷却システムとしての実証研究を進めることで、広い温度域で動作する固体冷却技術の実現を目指します。
【用語説明】
注1. 弾性熱量効果
材料に力を加えて相変態を起こすことで温度が変化する現象。力を取り除くと温度が低下するなど、冷却への応用が可能となる。
注2. 超弾性
形状記憶合金において、大きな変形を加えても、力を除くと元の形状に戻る特性。ゴムのように見える挙動を金属で実現できる点が特徴。
注3. クラウジウス―クラペイロン関係
物質の相変態(固体から液体などの状態の変化)における温度と外力の関係を示す基本的な関係。材料の動作温度範囲を考える際の目安として用いられている。
注4. エントロピー
物質の状態の乱雑さや取りうる微視的状態数を表す物理量。エントロピー変化ΔSは相変態に伴う熱の出入りと関係し、その変化量が大きいほど弾性熱量効果も大きくなる。
【謝辞】
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20252RA2)により実施されました。また本研究の一部は、JSPS科学研究費助成事業(21K18179, 23K23070, 24K01190, 24KK0264, 25K23519)の支援を受けて行われました。中性子回折実験はJ-PARC 物質・生命科学実験施設の一般利用課題により中性子単結晶構造解析装置SENJUにて実施されました(2022B0155)。本論文は東北大学 2026 年度オープンアクセス推進のための APC 支援事業により Open Access となっています。
【論文情報】
| タイトル | Enhanced elastocaloric cooling beyond Clausius–Clapeyron limits |
|---|---|
| 著者 | Yuxin Song, Sheng Xu*, Toshihiro Omori, Takuro Kawasaki, Yoshihisa Ishikawa, Ryoji Kiyanagi, Ryosuke Kainuma *責任著者:東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 許勝 |
| 掲載誌 | Nature Communications |
| DOI | 10.1038/s41467-026-72172-7 |
| URL | https://doi.org/10.1038/s41467-026-72172-7 |
【各機関の役割】
東北大学:発案および研究全般。試料作製、機械特性および弾性熱量効果評価、データ解析、論文執筆。
日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター、総合科学研究機構:機械試験中のその場中性子回折実験。
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学 学際科学フロンティア研究所
助教 許 勝(きょ しょう)
TEL: 022-795-7323
Email: xu.sheng.a8[at]tohoku.ac.jp
(報道に関すること)
東北大学 学際科学フロンティア研究所 企画部
波田野 悠夏
Email: fris-pr[at]grp.tohoku.ac.jp
日本原子力研究開発機構
総務部 報道課
TEL: 070-1460-5723
Email: tokyo-houdouka[at]jaea.go.jp
J-PARCセンター広報セクション
TEL: 029-287-9600
Email: pr-section[at]ml.j-parc.jp
総合科学研究機構中性子科学センター 利用推進部 広報担当
TEL: 029-219-5300
Email: press[at]cross.or.jp
※[at]を”@”に置き換えてください。