電子:自転がふらつくと、軌道も変わる

2017.06.19

電子:自転がふらつくと、軌道も変わる
―磁性物質における電子スピンのふらつきと電子軌道の結びつきが明らかに―

東京大学
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
総合科学研究機構

1.発表者:

有馬 孝尚(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授)
松浦 慧介(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士後期課程3年)
梶本 亮一(日本原子力研究開発機構原子力科学研究部門J-PARCセンター物質・生命科学ディビジョン中性子利用セクション 研究主幹)

2.発表のポイント:

  • マンガンとバナジウムの複合酸化物(注1)における電子の自転(スピン)のふらつきにいて、中性子を使った測定と、コンピュータによる数値計算の結果を比較した。
  • 測定と計算の間には大きな違いが認められ、1秒間に5兆回ふらつく場合、電子スピンのふらつきと電子軌道の変化が強く結びついていることが明らかになった。
  • 電子スピンと電子軌道の結びつきを利用した革新的な熱伝導制御や磁気の超高速制御が可能であることが原理的に示された。

3.発表概要:

東京大学、日本原子力研究開発機構、J-PARCセンター、総合科学研究機構の共同研究チームは、中性子ビームを利用して、マンガンとバナジウムの複合酸化物における電子スピン(注2)のふらつきを測定し、磁性体において熱の伝わり方や磁石の向き、磁石の強さなどをコントロールする場合に重要な指標である電子スピンのふらつきが電子軌道の変化と結びついていることを明らかにしました(図1)。

本研究では、実験による測定値を、コンピュータを用いた数値計算の結果と比較し、その結果、電子スピンが1秒間に5兆回の速さでふらついた場合に、電子の軌道も変化すると考えないとつじつまが合わないことを明らかにしました。

これまでに、非常に多くの物質でスピンのふらつきが観測されてきましたが、電子の軌道は変化しないと考えても説明がつくものでした。それに対して今回の物質では、電子スピンのふらつきが電子軌道の変化と結びついており、電子軌道を強制的に1秒間に5兆回変化させればその速度で電子スピンのふらつきが生じることが示唆されました。この物質では、多くの電子のスピンが同じ方向を向いていて磁石としての性質を持つことから、外部から光や力を与え電子軌道を変化させることで、熱伝導や磁気の超高速な制御が可能であることが原理的に示されたことになります。

4.発表内容:

固体物質の中では、一般に、原子の振動や電流によって熱やエネルギーが伝わります。磁性(磁石に応答する性質)を示す物質では、それらに加えて、電子スピンの向きがふらついて物質の中を波のように伝わることでも、熱やエネルギーを運ぶことがあります。また、磁石としての性質を示す物質では、この電子スピンのふらつきを大きくすることで、磁石の強さやN極とS極の向きを変化させることもできます。したがって、熱の伝わり方をコントロールしたり、磁石の向きや強さをコントロールしたりする場合には、電子スピンのふらつきが物質中を波のように伝わる際の波長や速さの情報を明らかにすることが重要となります。

電子スピンのふらつきの波長や速さの観測には、一般に中性子ビームが用いられています。本研究グループは、マンガンとバナジウムと酸素の原子数の比が1対2対4となる物質MnV2O4について、直径5ミリメートル、長さ5センチメートル程度の棒状の結晶を複数作製しました。この物質については、これまでに、およそ摂氏マイナス220度以下で多数の電子スピンが同じ向きを向いて磁石としての性質を持つことや、温度変化に伴って電子の軌道が変わることが報告されていたため、電子スピンと電子軌道が強く結びついている可能性があると考えられました。研究グループは、茨城県にある大強度陽子加速器施設「J-PARC」の物質・生命科学実験施設(注3)において、作製した結晶を冷却したうえで速さの決まった中性子を照射して、四方に散乱された中性子の方向と速さを測定しました。当施設は、世界最大の中性子実験施設の一つであり、大変強力な中性子ビームを用いた研究を行うことが可能です。

実験データを解析した結果、研究グループは、電子スピンの向きがそろった摂氏マイナス267度において、電子スピンがふらつく運動を多数見出しました。さらに、これらの運動を再現するように、コンピュータを用いてこの物質中の電子スピンだけを考えた計算を行いました。すると、実験データから得られたほとんどの運動は再現できましたが、一秒間に5兆回(5テラヘルツ)電子スピンがふらつく運動がどうしても再現できないことに気づきました(図2)。この運動の周波数は、光を用いた実験等によって観測されていた、電子の軌道が変化する周波数と類似していました。これらの結果は電子スピンのふらつきと電子軌道の変化が同時に起きていることを強く示唆しています。

これまでに、非常に多くの物質でスピンのふらつきが観測されてきましたが、電子の軌道は変化しないと考えても説明がつくものでした。電子スピンのふらつきが電子軌道の変化と結びつくと、電子軌道の変化の分だけ多くの熱やエネルギーが運ばれます。本研究の成果を発展させることで、蓄熱、断熱、放熱、熱電など熱の伝わり方に関係するデバイス材料に関する技術革新につながることが期待されます。

また、この物質では、外部から光や力を与えることによって電子軌道を変化させることも可能です。光や力を与える周波数を調整することにより、電子軌道を5テラヘルツで大きく変化させれば、それと結びつく形で5テラヘルツという超高速な磁気制御が可能となることを原理的に示したことになります。

研究グループでは、今後、どのような物質で電子スピンと電子軌道が強く結びつくのかを系統的に調べる予定です。室温において磁石としての性質を持ち、なおかつ、電子スピンと電子軌道が強く結びついた物質を開拓することで、革新的な熱伝導制御や超高速磁気制御につながることが期待されます。

5.発表雑誌:

雑誌名:Physical Review Letters(6月22日オンライン公開予定)
論文タイトル:Spin-Orbital Correlated Dynamics in a Spinel-type Vanadium Oxide MnV2O4
著者:Keisuke Matsuura, Hajime Sagayama, Amane Uehara, Yoichi Nii, Ryoichi Kajimoto, Kazuya Kamazawa, Kazuhiko Ikeuchi, Sungdae Ji, Nobuyuki Abe, and Taka-hisa Arima

6.問い合わせ先:

東京大学大学院新領域創成科学研究科総務係
電話:04-7136-5578
メール:k-somu[at]adm.k.u-tokyo.ac.jp

J-PARCセンター 広報セクション
電話:029-284-4578
E-mail:pr-section[at]j-parc.jp

総合科学研究機構 中性子科学センター
電話:029-219-5300
メール:press[at]cross.or.jp

[at]を@に置き換えてください。

7.解説:

複合酸化物
MnV2O4という組成式で表されるマンガンとバナジウムと酸素からなる化合物。およそ摂氏マイナス220度以下で磁石になる。
電子スピン
電子は、その位置が動く(軌道)だけでなく、絶えず自転のような運動をしている。これを電子スピンという。電子スピンは、非常に小さな磁石として働くことがわかっている。
J-PARC物質・生命科学実験施設
茨城県東海村に設置されている大強度陽子加速器施設「J-PARC」内にある世界最大級の中性子・ミュオン実験施設。大強度の中性子およびミュオンビームを利用した、物質・生命科学の学術研究および産業利用が行われている。今回の実験は、J-PARCのビームライン01(BL01)に設置されている「4次元空間中性子探査装置(4SEASONS・四季)」で行われた。J-PARCは日本原子力研究開発機構と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構が共同で建設し運用している、大強度陽子加速器施設と利用施設群の総称。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子を用いて、様々な分野の最先端の研究が行われている。

8.添付資料:


(図1)一列に並んだ5つの電子について、軌道(青く塗った部分を電子が動き回る)と電子スピン(赤い矢印で示した軸の周りで自転する)が一緒になってふらつく様子。実線はスピンと軌道のふらつき具合を波として表したもの。

(図2)電子スピンのふらつきの様子をとらえた中性子強度分布。色の違いは中性子強度の違いを示す。点線は電子スピンだけを考えた場合のコンピュータによる計算結果。観測された中性子強度分布をほぼ再現できているが、赤丸で示したおよそ5テラヘルツの部分のみ再現できていない。