高重水素化率のイオン液体を合成! CROSS研究生実習
「大学の研究室とは異なる環境において、試料重水素化と重水素化試料劣化試験を体験するとともに、大型加速器研究施設J-PARCで行われている研究等の詳細について現地で学びたい」。明確な志望動機を持って、岐阜薬科大学 創薬化学大講座 薬品化学研究室 博士課程3年 高倉 稜弥さんが2019年9月17(火)〜9月27日(金)まで研究生実習を行いました。研究指導者はBL17の阿久津 和宏氏が担当しました。
研究生5日間の全内容
1日目
高倉さんは有機合成の研究を専門としていますが、CROSS内の施設を利用するにあたり、午前中はCROSS内及びCROSS実験準備室内における安全教育を受講しました。午後からはイオン液体重水素化実験の手順を作成し、重水素化反応を仕掛けて終了となりました。なお、CROSSで合成実験に利用可能な器具は高倉さんの研究室と比べると種類が異なるため、CROSS内にある器具を上手く利用しながら実験を行いました。
2日目
午前中は前日に引き続きイオン液体重水素化実験を実施するとともに、並行して赤外分光法による試料劣化試験を実施しました。赤外分光データの解析方法については、それに関する座学の時間を設け、赤外分光データの解釈と解析技術を学びました。また、夕方には重水素化後のイオン液体の1H NMRデータを測定し、その重水素化率を算出しました。この日は試料劣化試験の実験が夜間にずれ込んでしまいましたが、夜遅くまで根気よく作業を続けました。
3日目
午前中は前日に引き続きイオン液体重水素化実験を実施するとともに、並行して赤外分光データの解析を行いました。さらに、時間の合間を見てJ-PARC Symposium用のポスター資料作製に取り掛かりました。
4日目
午前中は最後の赤外分光データの測定及び解析を行いました。また、J-PARC見学のための注意事項の確認を行いました。午後は、J-PARC MLF内の見学を実施し、中性子の発生・測定原理や中性子実験装置概要を学びました。見学後に行われた中性子に関する座学では、自身の研究に近い分野である中性子の医療分野への応用の歴史や現状について、積極的な質問と深い議論が展開されました。夕方には、J-PARC Symposium用のポスター資料作製の仕上げに取り掛かりました。
5~8日目
J-PARC Symposiumへの参加し、研究生実習中に行った実験の成果報告をポスター発表にて行いました。ポスター発表では、ESSのA. Leung博士、ISISのP. Li博士、M. Jura氏と発表内容に関する討論が行われ、重水素化に関する有意義な意見交換が行われました。専門外の中性子研究のセッションにも参加することで、普段は触れることのない分野の研究についての理解を深めました。
まとめ
CROSS B403ユーザー実験準備室にて、中性子実験用重水素化物の合成とその安定性評価研究を行いました。重水素化実験では、0.64 gのイオン液体-h16を出発原料として、Pt/CとRh/C存在下、2-Propanol-D2Oの混合溶媒中で20時間反応を行い、最終的に0.90 gの目的物を得ることができました。得られた化合物の重水素化率は、1H NMR解析により85%程度であることを確認しました。今回の実験方法は、中性子実験に必要な量・質の重水素化イオン液体を一度の反応で合成できる優れた合成法であり、試料重水素化方法の一つとして活用されていく見込みとなりました。並行して、赤外分光法による重水素化物の劣化分析も実施し、試料劣化に関する興味深い知見を得ました。J-PARC Symposiumでは上記の研究成果を発表し、重水素化反応及び試料劣化試験の結果について、有意義な討論が展開できました。
研究生を終えての感想
高倉さん
阿久津氏
重水素化を含めた合成系実験の豊富な経験を活かし、普段とは違う限られた実験環境の中でもそれらを上手く利用しながら実験を行って下さいました。また、初日に設定した実験計画に対して状況に応じて積極的に改善案を提案し、それを実行して下さいました。1H NMRデータの解析では迅速にデータを解析して下さり、得意分野における高い研究能力を遺憾なく発揮して下さいました。単純に作業をこなすだけではなく、いろいろと考えながら行動をしている姿勢に、博士課程の学生としての実力を垣間見ました。J-PARCの見学及びJ-PARC Symposium中には、分野外である中性子研究に関して疑問に思った事を一生懸命質問し、理解を深めていきました。Symposium中の研究者との交流では少し苦労をしている部分もあったようですが、謙虚でありながらも積極的に学び、時には自ら提案して下さる姿勢が見られたため、研究生実習の受け入れ側としても有意義な実習となりました。