CROSS研究生体験記 東北大学 梅本氏
東北大学 大学院理学研究科
博士後期課程2年 梅本 好日古
CROSS研究生の受け入れ期間は2021年度の一年間で、大観の装置担当者である大石一城氏にご指導いただきました。研究生として、 J-PARC MLF BL15 大観にて、1、2週間程度の実習を3回行いました。以下ではこの3回の課題参加経験と成果報告会のことを主に記します。専門的な部分について詳細を説明することはできませんが、次々と問題が生じて四苦八苦しながら取り組んでいる様子を感じていただければと思います。第2部・3部は、自分が学生PIで企画する実験よりもあまりプレッシャーを感じずに参加することができ、普段は慌ただしい雰囲気で質問することが難しいこともありますが積極的に聞くことができ良かったと思います。
第1部、6/2-7
実験題目:Examination of the development of a mesoscopic structure in FeMnMo Elinvar alloys by small-angle neutron scattering
私は修士課程のころから「鉄マンガン基合金における恒弾性特性の起源解明」の研究に取り組んでいます。これまでに行った実験から、マルテンサイト変態に伴う特徴的な構造変化がメゾスコピック領域にあるのではないかと考え、それを検証するために中性子小角散乱実験を企画しました。大石さんに相談しながら大学院生提案課題のプロポーザルを書き、課題申請をしました。板状の合金試料に対して、室温から+200℃の温度領域で測定を行いたかったため、ヒーターに取り付ける試料固定用の治具を設計するところから始まりました(図1、2)。当初バックグラウンド(ノイズ)を軽減するためにアルミで作製することを考えていましたが、大石さんから「バックグラウンドを差し引く測定はどのような材料を使ったとしてもやらなくてはいけない。温調のことを考えると熱伝導率が高い材料を使った方がよい」とアドバイスを頂いたため、銅製にすることにしました。そういったやり取りを経て、無事に試料と治具を6月までに準備でき、実験に臨みました。ビームタイムの3日ほど前に東海村に到着し、温度コントローラのPID値をどのように入力をしたらどれくらいの速さで温度が目標値に近づくかを調べるといった実験準備を行いました。ビームタイムが始まると、試料を治具に取り付け、早速測定を始めました(図3)。データが出始め、試料の中性子に対する透過率をプロットしてみました。
第2部 1/17-27
実験題目:Development of quasi-elastic SANS measurements in chiral magnets at TAIKAN(CROSS開発課題)
原子炉中性子源を利用した小角散乱法により、MnSiにおける磁気準弾性散乱信号の観測がなされていました[1]。飛行時間法により同様の観測を行う実験提案がユーザーさんからあり、一般課題で実験申請を行う前に、実現可能性を探るためCROSS開発課題として取り組みました。実験参加に向けて先行研究論文[1]を読み込み、物理的背景やどういうデータから何が言えるのかといったことを勉強しました。また、大石さんが仙台に来た時には、論文を読んでもわからなかったことや、1月の実験の狙い・コンセプトなどを細かく聞くことができました。大石さんと事前に何度も議論できたこと、論文[1]を研究室やMLF学生コミュニティのセミナーで取り上げて紹介をするといった継続的な学びができたのは、研究生の受け入れ期間が1年という長期間だったからこそだと思います。1月中旬、東海村に移動し、実験準備の段階から参加しました。普段、低温・強磁場実験をする機会があまりないため4Tマグネットの冷却や高純度ヘリウムガスの補充作業及びサーキュレーション(図5)を体験できたことは新鮮でした。また、ビームタイム前の空き時間を利用して、別の実験で使うレーザー加熱装置の安全審査を見学しました。安全審査の項目は機能的な面だけでなく、安全のために外観もきれいにすることなどいろいろあり、対応が大変であることがわかりました。また、普段ビームラインに当然のように置いてある装置もこのような段階を経て、何人もの人が関わって導入されていることがわかりました。そのような中、共同研究者である大阪府立大学(現 大阪公立大学)の高阪さんが到着し、ビームタイムがはじまりました。私は他の大学の研究室の人と共同実験をすることがなかったため、緊張しました。まず、試料を4Tマグネット内に挿入し、核散乱を利用して結晶の軸立てを行いました。軸立てはとてもスムーズに終わり、本測定が始まった当初はシグナルらしきものが見えていて順調に見えました。しかし、データを取りながら解析を進めていたところ、実は見たいと思っていた信号は全然見えていないのではないかという可能性が浮上しました。そこからはビームを単色にしたり偏極にしたりといろいろと手を尽くしました。最終的に単色・非偏極モードで統計をためる作戦に出ました。ところが、そうして統計をためていたところ、途中から小角バンクに一部検出していない部分が生じました(図6)。原因を調べたところ、検出器の電圧が落ちていることがわかりました。電圧をかけなおしても復旧しなかったことから、真空散乱槽を開けて検出器自体に不具合があるか確かめることになり、実験は途中で中止になりました。そのため、普段は見ることができない散乱槽内部に入り、検出器の配置や取り付け方を見学し、どのような思想で設計されたのかを河村さん(大観装置担当者)から伺いました。真空散乱槽の体積は一般家庭の浴槽約200杯分だそうで、中に入ったときにプラネタリウムにいるみたいだと思いました。検出器の不具合の原因は、図7に模式図で示したように、ある一つの検出器の芯線が切れて短絡し、その周辺の検出器も含めて電圧がかからなかったことでした。期待していた結果が出なかったり、装置に不具合があったりしたときに、時間や情報が限られる中で一つずつ可能性を検討し、できることを淡々と実行していくことが気持ちよく感じられました。
第3部
実験題目:Ferro- or Antiferro-based Chiral Magnetic Soliton Lattice in TM3S6 (T = Cr or Mn, M = Nb or Ta)
実験題目:Development of quasi-elastic SANS measurements in chiral magnets at TAIKAN(CROSS開発課題リベンジ)
長周期の磁気構造が期待される物質の磁気ブラッグピークの観測を偏極解析により狙う実験と、1月に検出器の不具合のため途中で中止になったCROSS開発課題のリベンジを行いました。前者の実験は大阪公立大学の高阪さんが実験責任者(PI)です。第2部に引き続き一緒に実験をするのは2回目だったため、あまり緊張せず、むしろお会いできることが楽しみでした。本実験では、長周期らせん構造が期待される物質において、偏極解析により核散乱と磁気散乱を分離することによる磁気ブラッグピークの観測を狙いました。事前の予備実験から、1000 Å以上の長周期の磁気構造が期待されることを念頭に実験を進めました。まずはヘルムホルツコイルの間に試料をセットして、磁場をかけ、ビーム強度の高い1st frameモードを使って偏極測定をしました。期待したようなシグナルは観測できず、さらに長い周期構造が疑われました。しかし、超小角検出器はメンテナンス中だったため、今から真空散乱槽に導入することはできません。そこで、偏極解析はあきらめることにし、より散乱ベクトルが小さい領域にアプローチできる2nd frameモードを試しました。このように、実験中にはシグナルが見えるとも見えないとも言い切れない状態だったため、暗中模索でした。そのため、残りのビームタイムで何を測定するかとなったとき、試料をほかの類似物質に変えることも含めいくつもの選択肢がありました。最終的に、1st frame・非偏極モードでc軸方向のストリークの温度依存性を測定することになりました。実験施設でユーザーを受け入れる側になったとき、装置の専門家として今起きていることについてあり得る原因や次に行う測定の選択肢を示し、最終的な判断はPIに委ねながらも一緒に解決に向かうという姿勢を学びました(図8)。
CROSS開発課題では、単色化の時の入射中性子の波長を前回よりも絞って分解能を上げることで準弾性散乱の検出を狙いました。まず前回と同様に軸立てをしようとしたのですが、何をどうしても核散乱が見つかりませんでした。おかしいな、ということで冷凍機から試料ホルダを取り出し、中身の試料が落ちたりしていないか確かめることにしました。冷凍機を開けてみたところ、前回バックグラウンド測定のために空セルを測定した後に試料を取付け忘れていました。早めに気づくことができ幸いでした。予想していたことと違うことが起きると焦ると思いますが、あり得ないだろうという先入観に対して冷静になり、可能性をつぶしていくことの重要性を痛感しました。また、こうした場面では複数人で問題を共有して解決策を考えるため、自分はどうするといいと考えているのか・それはなぜなのかといったことについて言語化せざるを得ないことから客観的な思考ができ、状況の整理が容易に出来ました。今回は前回のリベンジということで、やることが明確に決まっていたため、軸立てをして本測定に入ったら統計を溜めるのみでした。統計を溜めながらデータを見たところ、準弾性散乱らしきピークは見えませんでした。実験終了後、非弾性のデータ処理をしたところ、入射中性子のエネルギー分布が前回の測定よりも広かったということが問題としてありました。ビーム強度(統計)を確保するために前回よりも短波長の領域で単色化を行ったところ、エネルギーに変換したときに、絞った分以上に分布が広がってしまったからです。後から考えると「確かに」となることでも、やるまでは気づけず、実験をデザインすることの難しさを実感しました。これまで装置ごとにできることが違うということは理屈ではわかっていましたが、非弾性測定を専門にしている装置、例えば4SEASONSやAMATERASがどのように実験を実現しているのかについてより細かい部分に興味がわきました。
研究生成果報告会
第3部が終わって約1週間後、東海キャンパスにて成果報告を行いました。この1年で取り組んだことについて20分にまとめることとなります。特に、CROSS開発課題についての内容は普段の研究テーマとは距離がある内容のため、発表資料を作ることが難しく感じました。発表会にたくさんの人が来て、質問をしてくださりありがたく思いました(図9)。発表の最後でも触れたことですが、一般ユーザーとしては関わることのできない装置開発課題への参加を通して、量子ビーム施設が恒常的な進化をするための努力の一部を見ることができたことは貴重だと思います。また、大石さんをはじめ、研究生を受け入れてくださったCROSSの皆様から人材育成に対する熱意を感じました。これからどのようなキャリアを積むにしても、自分が所属する組織や関係するコミュニティに貢献することを、自分がやりたいことと同程度に考えながら仕事を頑張りたいと思います。
参考文献
[1] S. V. Grigoriev et.al., PHYSICAL REVIEW B 92, 220415(R) (2015)