研究生報告
「大学外において重水素標識化合物の合成及び重水劣化研究を体験するとともに、大強度陽子加速器施設J-PARCにおける重水素標識化合物のニーズや応用等について学びたい」。明確な志望動機を持って、岐阜薬科大学創薬化学大講座 薬品化学研究室の阪一穂氏(博士課程2年)と三木悠矢氏(修士課程2年)が、2020年8月31から9月4日までの5日間、CROSS研究生として活動しました。研究指導は研究開発部の阿久津和宏氏が担当しました。
5日間の実習内容
1日目
阪さんと三木さんは有機合成の研究を専門としていますが、CROSS内の施設を利用するにあたり、午前中はCROSS内及びCROSS実験準備室内における安全教育を受講しました。特に、実習で使用する化学薬品は法律上リスクアセスメントの実施が必要であるため、その意義や内容等の詳細を学びました。午後からは有機化合物の重水素化実験と重水劣化試験を実施しました。ただし、大学の研究室とCROSSの実験準備室の機器類は種類が異なるため不自由を感じたようですが、CROSSの機器類を上手く使用しながら実験を行いました。
2日目
前日に引き続き、有機化合物の重水素化実験と重水劣化試験を実施しました。並行して、最終日に予定されている研究発表資料の作成を行いました。
3日目
3日目も有機化合物の重水素化実験と重水劣化試験を継続しました。さらに3日目までに得られた重水劣化試験の結果をまとめ、夕方、柴山センター長と重水劣化現象に関する議論と今後の研究方針についての打ち合わせを行いました。
4日目
午前中は有機化合物の重水素化実験と重水劣化試験を継続しました。午後は研究発表資料の確認と修正を行い、翌日の発表会の準備を整えるとともに、夕方には重水素化有機化合物の1H NMRデータを測定し、その重水素化率を算出しました。この日は1H NMRデータの測定と解析が夜遅くまで及んでしまいましたが、しっかりと作業を続けました。
5日目
午前中は重水劣化試験を継続するとともに、J-PARC MLFを見学し、中性子の発生・測定装置やその原理の概要を学びました。午後は最後の重水劣化試験を終えて、研究発表資料の最終確認と修正を行いました。そして研究報告会をオンライン会議システムを用いて行いました。報告会では、柴山センター長、岐阜薬科大学の佐治木教授ら参加者と発表内容に関する討論や重水素化に関する有意義な意見交換を行いました。
まとめ
CROSSユーザー実験準備室IIIで中性子実験用の有機化合物の重水素化と重水の劣化試験を行いました。重水素化実験では、1.0 gの軽水素の化合物を出発原料として、Pt/CとRu/Cの存在下、2-Propanol-D2Oの混合溶媒中で24時間反応を行い、最終的に0.5 gの目的物を得ることが出来ました。得られた化合物の重水素化率は、1H NMR解析により30%程度であることを確認しました。今回の合成法は、中性子実験に必要な量の重水素化物を一度の反応で合成できる優れたものであり、試料重水素化法の一つとして活用される見込みとなりました。また、赤外分光法による重水の劣化試験も実施し、重水劣化に関する興味深い知見を得ました。最終日のオンライン会議システムによる研究報告会では、重水素化反応及び重水劣化試験の結果について有意義な討論が出来ました。重水劣化試験は追加のデータ取得とデータの検証が必要であることから、実習終了後も連携して研究を進める予定です。
研究生を終えての感想
阪さん
三木さん
阿久津氏
阪さんと三木さんには、大学とは異なる環境の中でこれまでの経験を基に有機化合物重水素化実験と重水劣化試験を実施しました。重水素化実験は初日に設定した実験計画の通りに進めることが出来ましたが、重水劣化試験では想定外の結果が出たため、途中から計画の変更を余儀なくされました。しかし、想定外の事象に対して積極的に対応策・改善案を提案し、それを実行しました。この対応力は、普段の研究活動を通じて身に付けたものであると想像出来ます。今回の実習では、これまでに身に付けた基礎的な研究力を遺憾なく発揮し、当初予定していた以上の成果を挙げて頂き、CROSSにとっても有意義なものとなりました。