CROSS研究生体験記 奈良女子大学 天野氏
奈良女子大学 大学院人間文化総合科学研究科
博士前期課程2年 天野 沙耶
私は2021年12月2日から21日までの20日間、一般財団法人総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターに研究生として滞在し、さまざまな実験を行いました。ここに、滞在記として活動内容を報告します。
私は、奈良女子大学物性物理化学分野吉村研究室に所属し、アミノ酸の一種であるアラニンを骨格とするリン酸エステル塩型アニオン界面活性剤の合成、物性評価とその応用に関する研究を行っています。アミノ酸を親水基に有するアミノ酸系界面活性剤は、水への高い溶解性や皮膚への低刺激性、適度な洗浄力を有することから、シャンプーや身体洗浄剤に使用されています。界面活性剤は、乳化、可溶化、分散、洗浄など様々な機能を発揮することから、多くの香粧品に使用されています。一般に、実際の使用に当たっては単独で用いられることは少なく、多くの場合、数種類の界面活性剤が混合して用いられます。これは、界面活性剤を混合することで、それぞれの単独系では見られない相乗効果が期待されるからです。アニオン界面活性剤とカチオン界面活性剤の混合系は、カタニオニック界面活性剤として知られています。私の研究は、二塩基性の構造のモノアルキルリン酸エステル塩に着目し、代表的なアミノ酸系界面活性剤であるN-ドデカノイルアラニンのカルボキシ基にリン酸基を導入したアミド基含有の新規アミノ酸系界面活性剤の単独系と四級アンモニウム系カチオン界面活性剤との混合系の水中での会合挙動を明らかにすることを目的として、日々励んでいます。
これまでに、アミド基含有の新規アミノ酸系界面活性剤は二塩基性であることはもちろん、アミド結合の導入により高い水溶性をもつことがわかりました。これは、カルボン酸塩とは異なり、アミド結合とリン酸エステル間の相互作用が弱いことを表しています。また、X線小角散乱(SAXS)の測定により、リン酸エステル塩型界面活性剤は、アミド結合の有無にかかわらずいずれも低濃度で球状ミセルを形成することがわかりました。カタニオニック界面活性剤に関する研究は、その実用性から古くから行われていますが、アニオン界面活性剤にリン酸エステル塩型界面活性剤を用いた研究例は少ないです。カタニオニック界面活性剤は、混合濃度および混合比を変えることにより、ミセル、ベシクル、紐状ミセルなどを形成し、高濃度で増粘作用を示すことが考えられます。これらの研究から得られる成果は、洗浄などの分野への応用が期待されます。上記のような特徴をもつ2種類のリン酸エステル塩型アニオン界面活性剤と3種類の四級アンモニウム系カチオン界面活性剤との混合系における水中での会合挙動を解明するためには、レオロジーはとても有力な手段です。そこで、レオロジー測定技術を習得し、実際に活用して会合挙動を解明したいと考え、CROSS研究生制度に応募しました。
今回の滞在では、まず、岩瀬裕希副主任研究員、有馬寛研究員、上田実咲技師のご指導の下、レオロジー、SAXS、動的光散乱(DLS)、ゼータ電位の測定について学びました。CROSSおよびJ-PARCには、最先端の測定装置が数多くあり、また、専門知識を有した研究者とともに研究を行うことができました。想定以上に多くの実験データが得られ、今後行う実験の道筋も明確となりました。初日の午前中は、CROSS研究生およびJ-PARCユーザーとして研究活動に必要な安全教育を受講し、午後からはJ-PARC研究棟にて試料の測定を開始しました。まず、岩瀬副主任研究員より、レオメーターの使用方法および解析方法についてご教授いただきました。その後、有馬研究員よりDLS、ゼータ電位測定および解析方法についてご教授いただきました。当研究室からは3名の大学院生が研究生として受け入れていただいており、シフトの調整や、機器の効率的な運用を行うことで、より多くの実験データの取得に努めました。
2日目には、いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)にて岩瀬副主任研究員より、SAXS測定の進め方や解析方法についてご教授いただき、本格的に実験が始まりました。それ以降、昼夜問わず、レオロジー、SAXS、DLS、ゼータ電位の測定を行い、非常に濃密な20日間を過ごすことができました。実験中は上田技師に支援をしていただき、スムーズに研究活動を行うことができました。また、岩瀬副主任研究員とは、実験内容に関して定期的に打ち合わせを行い、研究の進め方について多くのご助言をいただきました。得られたデータに関して質問すると、私が理解できるまで丁寧に説明してくださいました。20日間で得られたデータを解析した結果、リン酸エステル塩型界面活性剤のアミド結合の有無およびカチオン界面活性剤の構造を変えることで、溶液の様子(濁度など)、粘性挙動、会合体の構造が変わることがわかりました。今後は、SAXSおよびDLSの測定結果の解析を進め、より詳細に会合体の構造を解明していきたいと考えています。
最終日前日には、今回の滞在中に得られたデータを基に資料を作成し、中性子科学センターにおいて成果報告会が行われました。コロナ禍の中、大学院生時代を過ごしたため、オンラインでの発表の機会はありましたが、傍聴者がいるなかでの対面での発表はこの報告会が初めての研究成果発表の場となり、貴重な機会をいただくことができました。柴山中性子科学センター長からは、研究内容に関するご助言に加え、様々な他分野の研究者が集う発表の場における発表方法についてご教授いただきました。研究のイントロダクションを工夫するなど、いかにして他分野の研究者に自分の研究内容を興味深く聞いていただくことができるか教わりました。異なる研究領域の方々へ自身の研究内容を伝える難しさや楽しさを学びました。修士論文審査会や学会発表など、今後の研究発表に活かして参ります。これまで私は、カタニオニック界面活性剤の粘性挙動およびその挙動の原因となる分子構造に着目して実験を行っていましたが、今回の実験で、レオロジーに関する解析を行い、専門の方々や専門外の方々ともディスカッションすることで、なぜ粘性が現れるのか、レオロジーの原理など、基礎的な部分にもより興味が湧きました。本報告会で得られた知識や考察を自身の修士論文や学会発表の作成に活かし、リン酸エステル塩型界面活性剤の研究の発展に貢献できるよう精進して参ります。
指導教員である奈良女子大学研究院自然科学系化学領域 吉村倫一教授には、本研究生の機会をいただき、実験データに関して多くの有益なご助言をいただきました。ここに厚く御礼申し上げます。また、20日間という長期間にも関わらず、CROSSのスタッフの皆様には、親切な御対応、御説明をしていただき、滞りなく実験を進めることができました。柴山充弘中性子科学センター長、岩瀬裕希副主任研究員、有馬寛研究員、上田実咲技師に感謝の意を表します。