特殊な『元素』に頼らず、分子の『配列』を活かして 水素イオンを高速で伝導する高分子膜を開発!

2024.04.26

特殊な『元素』に頼らず、分子の『配列』を活かして
水素イオンを高速で伝導する高分子膜を開発!

2024年4月26日
国立大学法人 東京農工大学
一般財団法人 総合科学研究機構
J-PARCセンター

概要

国立大学法人東京農工大学大学院工学研究院生命機能科学部門の一川尚広准教授と一般財団法人総合科学研究機構(CROSS)の山田武博士は、高分子膜中におけるスルホネート基を精密に配列することで、特異な高速水素イオン伝導機構が生じることを明らかにしました。この伝導機構を上手く使えば、将来的にフッ素を全く用いなくても従来のフッ素系高分子電解質膜と同程度の特性を持つ水素イオン伝導性高分子膜を生み出すことが期待でき、昨今のPFAS問題(有機フッ素化合物問題)の解決策の1つになります。また、この膜内のすべての水分子が、0℃で凍らない性質や高温でも蒸発しにくい性質を持つ特殊な水の状態(結合水)になっていることも明らかにしました。本研究の高分子膜は、宇宙空間など特異な環境で機能する水素燃料電池の開発などに繋がることも期待されます。

本研究成果は、Chemical Science(4月23日付)に掲載されました。
論文タイトル:Surface proton hopping conduction mechanism dominant polymer electrolytes created by self-assembly of bicontinuous cubic liquid crystals
URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/2024/SC/D4SC01211A 

背景

一般に、高分子やプラスチックは絶縁体ですが、特殊な設計を施すことで電気やイオンを流す性質(伝導性)を付与することができます。特に、水素イオンを流すことができる高分子膜は、水素燃料電池に重要です。このような水素イオン伝導性高分子膜として、『フッ素』を沢山含む高分子膜(例えば、パーフルオロスルホン酸膜)がこれまで使われてきました。『フッ素』は水を弾く性質を持つため、膜内の水分子を特定の極めて微細(径がナノメートル:10億分の1メートルサイズ)な経路に集めることができます。水素イオンはこの経路を通って高速に移動できることから、パーフルオロスルホン酸膜は優れた水素イオン伝導性高分子膜として機能します。一方で、昨今のPFAS問題(有機フッ素化合物問題)を踏まえると、フッ素に頼らずに同等の性質を持った高分子膜を生み出す技術が不可欠です。

研究体制

本研究は、東京農工大学の一川尚広准教授(大学院工学研究院)のグループと総合科学研究機構(CROSS)の山田武博士との共同研究により実施されました。本研究はJSPS科研費(JP21H02010, JP22H04526, JP23K17937)及びJST創発的研究支援事業(JPMJFR223C)の助成を受け実施されました。

研究成果

本課題を解決する方法として、本研究グループは、高分子膜中における水素イオンの伝導機構に着目しました。一般に、高分子膜中における伝導機構として、❶グロッタス機構、➋ビークル機構、❸界面ホッピング伝導機構の三つが知られています。水素イオンをバケツ、水分子をバケツの担い手とすると、❶グロッタス機構は、バケツリレー型の伝導機構(図1a)、➋ビークル機構は、バケツを持った人が走るような機構(図1b)です。❸界面ホッピング伝導機構を同様にバケツでなぞらえるのは難しいですが、高さ・間隔の違う丸太の上を、ピョンピョンと飛んでいくような機構です(図2a)。一般に、❶グロッタス機構による伝導はその他の伝導機構よりも100倍から1000倍近く速い機構であるため、❶グロッタス機構を如何に効果的に実現するかが重要と考えられてきました。一方、❸界面ホッピング伝導機構は遅い機構であるため、この機構に着目した研究はほとんどないというのが現状でした。

このような背景の中、本研究グループは、❸界面ホッピング伝導機構の改良に着目しました。この機構は、高さ・間隔の違う丸太の上を、ピョン、ピョンと飛んでいくような機構と説明しましたが、この丸太の高さをピッタリ揃えて、また丸太の間隔を密に詰めることができれば、ピョン、ピョンと休みながらゆっくり飛ぶのではなく、並んだ丸太の上を走るような機構が発現するのではないかと考えました(図2b)。このような着想のもと、本研究グループは自己組織化現象(ある種の分子があたかもプログラムされているかのように構造体を自発的に形成していく現象)を利用して、独自の高分子膜設計に挑戦しました。『丸太』に対応するのは水素イオンと相互作用する『スルホネート基』ですので、このスルホネート基を密に配列することが重要と考え、スルホネート基を有する自己組織性分子(注1)を設計しました。この分子は、図3に示したような一辺が約9 nm(ナノメートル)のジャイロイド構造(注2)を形成します。スルホネート基はジャイロイド構造の界面上に約0.5 nm間隔で等間隔に配列しています。これによりスルホネート基間を水素イオンが高速に移動できるようになり、❸界面ホッピング伝導機構のみで高い水素イオン伝導度(10−2 S cm−1)を実現できることが分かりました。

本研究グループの考えたような伝導機構が実際に働いているかを確かめるために、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)に設置されているダイナミクス解析装置(BL02 , DNA)にて中性子準弾性散乱測定を行いました。これは線源で発生した中性子線を材料に照射し、散乱前後の中性子のエネルギーの違いを測定することで材料内の構成分子の動きを可視化する方法です。特に、中性子線は水素原子に敏感なことから、水分子(水素原子を2つ含む。)の動きを捉えるのに優れた測定です。本研究グループが導いた理論式から計算した水分子の動く速度と中性子準弾性散乱測定で得られた実験値は非常に整合性が高く、本研究で着想した通りの界面ホッピング伝導機構による水素イオンの高速伝導機構が生じていることを明らかにすることができました。また、その他の様々な測定により、本研究グループが作製した膜中の水分子の動きを調べたところ、膜中の水はすべて、結合水と呼ばれる、0℃でも凍らない性質や高温でも蒸発しにくい性質を持つ特殊な水の状態になっていることが分かりました。

本研究では、従来の水素イオン伝導性高分子膜設計(例えば、パーフルオロスルホン酸膜)とは根本的に異なる視点から材料開発を進めることで、フッ素という『特殊な元素』を使わなくても従来材料と同程度の機能を生み出す設計指針の糸口が見えてきました。

今後の展開

本研究グループが開発した高分子膜は、フッ素を5%程度含んだ設計になっていますが、今後、分子改良を進めることでフッ素含有率ゼロパーセントの水素イオン伝導性高分子膜も作ることができると考えています。

また、本研究で開発した高分子膜内の水分子は、すべて結合水状態であるため、0℃でも凍らない性質を持っており、通常の水よりも蒸発しにくい性質も有しています。このため、本研究の材料設計指針は、PFAS問題を解決するための設計としても面白いですが、低温や高温で使える燃料電池開発にも重要な示唆を与えるものになる可能性があり、例えば、宇宙空間でも利用できる燃料電池などに有望な材料となるのではと期待しています。

図1:(a) グロッタス機構, (b) ビークル機構

図2. (a) 通常の界面ホッピング伝導機構, (b) 本研究で実現した高速界面ホッピング伝導機構

図3. 本研究グループが設計した自己組織性分子が形成するジャイロイド構造


論文情報

雑誌名 Chemical Science
論文タイトル Surface proton hopping conduction mechanism dominant polymer electrolytes created by self-assembly of bicontinuous cubic liquid crystals
著者 Takahiro Ichikawa1 , Takeshi Yamada2, Nanami Aoki1 , Yuki Maehara1 , Kaori Suda 1 , Tsubasa Kobayashi1
所属 1:東京農工大学、2:総合科学研究機構(CROSS)
DOI 10.1039/d4sc01211a

用語の説明

注1) 自己組織性分子:分子が自発的に集合し、分子集合構造を形成するような性質を持った分子を自己組織性分子といいます。自己組織性を分子に付与するには、分子の形や性質を設計する必要があります。
注2) ジャイロイド構造:ある面が鞍型に湾曲し、それが空間的に繋がっていくことで形成される界面構造を有する構造の1つをジャイロイド構造といいます。ジャイロイド構造は、図3に示したような立方体を単位構造とした周期構造を形成し、立方体の一辺の長さで大きさを特徴づけられます。本研究では、一辺の長さが限りなく小さい(約9 nm)ジャイロイド構造を形成する材料を開発しました。

問合せ先

研究に関する問い合わせ

東京農工大学大学院工学研究院
 生命機能科学部門 准教授
  一川 尚広(いちかわ たかひろ)
  TEL/FAX:042-388-7275
  E-mail:t-ichi[at]cc.tuat.ac.jp

報道に関する問い合わせ

東京農工大学 総務部総務課広報室
TEL:042-367-5930
E-mail:koho2[at]cc.tuat.ac.jp

総合科学研究機構 中性子科学センター 利用推進部 広報担当
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J-PARCセンター広報セクション
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