ANSTO NDFが日本の化学重水素化施設の設立を支援

2018.10.24

ANSTO NDFが日本の化学重水素化施設の設立を支援

NDF研究室の阿久津博士

オーストラリア原子力科学技術機構(ANSTO)の国立重水素化施設 (NDF)は、安定した非放射性同位体である重水素(2H)を用いて、化学的・生物学的(in vivo)プロセスにより分子の同位体ラベル化を行う研究所である。このような施設は、アジア太平洋地域において唯一である。NDFで作られた重水素化分子は、構造技術、ナノ技術、エネルギー及びポリマー科学などの分野において、中性子散乱装置、核磁気共鳴(NMR)、 赤外分光法(IR)、質量分析法 (MS)などの分光実験の際のコントラスト強化やバックグラウンドノイズ低減を目的として実験に用いられている。

Tamim Darwish博士は、NDFのシニアリサーチサイエンティストであり、化学重水素化チームのリーダーである。博士は、2006年にニューサウスウェールズ大学で博士号を取得したあと、博士研究員として2006年にシドニー大学、2007年にANSTOの材料工学研究所に雇用された。また、2010年には、日本の学術振興会(JSPS)から外国人招へい研究者としての機会を与えられ、重水素化物質や和周波発生分光器(SFG)の利用に関して北海道大学との協力関係を構築した。

NDF研究室の阿久津博士

分子重水素化の研究とその用途の可能性は多様に発展しており、特に中性子科学の分野における活用は顕著である。このような状況はすでに日本でも認識されており、大強度陽子加速器施設(J-PARC)、総合科学研究機構(CROSS)、日本原子力研究開発機構(JAEA)及び京都大学では、生物的重水素化能力の開発が開始されたほか、中性子散乱を利用した構造研究のための化学的重水素化技術に対する関心が高い。このためANSTOとJ-PARCの間のMOUに基づいてJ-PARCとCROSSに所属する若き重水素化研究者、阿久津和宏博士は、NDFで用いられる化学的な重水素化技術の一部を学ぶために今年3回NDFを訪問した。一方、Darwish博士は、講演者としてJ-PARCワークショップ2017に招待された。このワークショップ「Deuterated Materials Enhancing Neutron Science for Structure Function Applications」は、2017年10月19、20日の二日間、日本の東海村にあるいばらき量子ビーム研究センターにおいて開催され、各施設のリーダーや、中性子、NMR、産業関係の研究者を含む62名が参加した。

Darwish博士阿久津博士

International Conference on Neutron Scattering ICNS-2017で研究発表を行う阿久津博士とDarwish博士(2017年7月9-13日、韓国 デジョン)

Darwish博士と阿久津博士、J-PARC workshop 2017において

阿久津博士とDarwish博士の研究対象の一つとして、中性子反射率測定と重水素化技術を利用したイオン液体(IL)中の電気二重層構造の研究がある。低融点イミダゾリウム塩は最も一般的で広く利用されるイオン液体の一つである。蒸気圧が低く熱安静性を有することから、ILは広く研究され、合成用・触媒用溶媒(synthesis and catalysis solvents)、抽出溶剤、電解液及び生体高分子溶媒など多くの用途に用いられてきた。一方で、ILと有機溶質間のX線及び中性子散乱コントラストは電気二重層構造をはっきりと解析するには不十分であるため、ILサンプルの構造解析は困難であるとされてきた。物質のコントラスト変化のための有機化合物の部分的または全体的な重水素化は中性子散乱分析の利用においてで最も効果的な技術の一つであり、したがって、ILの重水素化は中性子散乱技術を用いたILサンプル中の電気二重層構造解析に適している。これに関連して、数種類の重水素化1-アルキル-3-メチルイミダゾリウムイオン液体がNDFで合成されるとともに、中性子反射率技術によるIL中の電気二重層構造の研究がJ-PARCで行われた。

この記事は、the Japan Society for the Promotion of Science – Alumni Association in Australiaの許可のもとJSPSAAA Newslette (2018)第2号に掲載された記事の和訳を掲載したものです。