ハイドロゲルの流動性をDNAで予測・制御する
~細胞培地や注入型ゲル薬剤など,医療への応用に期待~

2022.02.17

ハイドロゲルの流動性をDNAで予測・制御する
~細胞培地や注入型ゲル薬剤など,医療への応用に期待~

2022年2月17日
北海道大学
東京大学大学院工学系研究科
日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
総合科学研究機構中性子科学センター

ポイント

  • DNA二重らせん構造を架橋点に用いたハイドロゲルを作製。
  • 二重らせん構造の安定性を設計することで,ハイドロゲルの流動性の予測・制御を実現。
  • 生体に近い流動性をもつ細胞培養培地や注射可能なゲル材料など,医療材料への応用に期待。

概要

北海道大学大学院先端生命科学研究院の李 响准教授と東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻博士後期課程の大平征史氏らの研究グループは,ハイドロゲルの流動性を,DNAの塩基配列を設計することによって予測・制御することに成功しました。
ハイドロゲルはヨーグルトやスライムなどに代表される,柔らかく,流動性を示すことができる材料で,人工硝子体や癒着防止材などの医用材料としても応用されています。ハイドロゲルを医用材料に応用するには,その流動性を予測・制御することが重要ですが,生理的条件下で実現することはこれまで困難でした。
本研究グループは,DNAが作る二重らせん構造の安定性が,DNAの塩基配列に大きく左右されることに着目し,DNA二重らせん構造*1架橋*2された新しいハイドロゲルを合成しました。このゲルのマクロな流動時間を調べたところ,DNA二重らせん構造の解離時間と幅広い時間領域で一致することが判明しました。DNA二重らせん構造の安定性は,塩基配列を設計することで自在に調整できるため,本手法を用いてゲルを合成することで,生理的条件下においても任意の流動性をもつハイドロゲルを合成できることが示唆されました。
本研究による成果は,生体に近い流動性をもつ細胞培養培地や注射可能なゲル材料,さらにはソフトロボティックスなど,医療分野への応用が期待されます。
なお,本研究成果は,2022年2月16日(水)公開のAdvanced Materials誌にオンライン掲載されました。

(左)DNAの二重らせん構造を組み込んだゲルの写真(右)二重らせん構造の安定性とゲルの流れやすさの関係性

【背景】

ハイドロゲルは高分子を3次元的に架橋することで作られる高分子材料です。多くの水分を含み,生体組織と似た柔らかさと流動性(粘弾性)を持つことから,医用材料としての応用が期待されています。特に近年の研究により,ゲルの柔らかさと流動性を適切に制御することの重要性が明らかになっています。例えば,再生医療の分野では,細胞が成長するための足場材料(培養培地)としてゲルが利用されていますが,ゲルが生体組織と似た柔らかさと流動性を持たないと,細胞が適切に成長・分化しないことが報告されました。また,注射可能な薬剤保持媒体としてもゲルが用いられていますが,ゲルが適切な流動性を持たないと,注射する機能と薬剤を保持する機能が両立しないことも判明しています。

ゲルの柔らかさは架橋の割合を,流動性は架橋の安定性(解離挙動)*3を調整することで制御できます。架橋の割合については,本研究グループが開発した星型高分子ゲル化法*4により,既に設計した通りの柔らかさをもつハイドロゲルの合成が可能になっています。しかし,架橋の安定性に関しては,まだ狙った通りに制御することが難しく,特に生理的条件下では成功した例がありません。

【研究手法】

DNAはあらゆる生物に存在する物質で,生理的条件下で二重らせん構造を形成することが知られています。この二重らせん構造の安定性はDNAの塩基配列によって大きく変化し,1秒未満で解離するものから年単位で安定的に存在するものまであります。研究グループはこのDNA二重らせん構造を組み込んだハイドロゲルを合成することで,ゲルの流動性を自在に制御できるのではないかと考えました。

本研究では,生体適合性のあるテトラポッド型の高分子(テトラポリエチレングリコール*5)を,DNAの二重らせん構造で架橋したハイドロゲルを合成し,DNA二重らせん構造の安定性とハイドロゲルの流動性の関係を詳細に調べました。DNA二重らせん構造の安定性はDNAの構造計算プログラム*6を用いて一部予測することが可能であり,本研究では生理的条件下で安定的に二重らせん構造を形成すること,そして二重らせん構造が複雑な準安定構造を経ることなくシンプルに解離できるように,DNAの塩基配列(16塩基対)を設計しました。

【研究成果】

合成されたDNAゲルは無色透明で,70ºC程度に温めると溶液 (ゾル状態)になり,生理的条件程度に冷却すると再びゲル状態に戻ります(図1)。DNA二重らせん構造が存在するときにのみ蛍光を示す試薬をゲルに添加したところ,ゲル状態でだけ蛍光が観測され,DNA二重らせん構造の形成によりゲルが作られたことが確認できました。また,DNAゲルのナノ構造を,大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)で小角中性子散乱法*7を用いて評価したところ,DNAが一定の距離を保ったままゲル内に存在し,秩序立った網目構造が形成されていることも判明しました(図2a)。

続いて,DNAゲルのマクロな流動性と,架橋点であるDNA二重らせん構造の安定性を,様々な温度条件下で測定したところ,ゲルの流動時間*8がDNA二重らせん構造の解離時間と,0.1 – 2000秒という幅広い時間領域で一致しました(図2b)。この結果は,DNA二重らせん構造の安定性を調整することで,ゲルの流動性を精度良く予測・制御できることを示しています。

DNA二重らせん構造の安定性は,DNAの塩基配列を設計することで自在に調整できるため,今回開発したDNAゲル作製方法を用いることで,理論上,生理的条件下において任意の流動性をもつハイドロゲルを合成できるようになりました。本研究グループは今後,実際にDNA塩基配列を調整し,様々な流動性をもつハイドロゲルを開発する予定です。

【今後への期待】

今回開発されたゲルの流動性を制御する技術は,細胞培養の培地や注射可能なゲル材料への応用が期待されます。さらに,DNAが温度やpHなどの外部環境,ペプチド等添加物に応答を示す特性を活かして,センサーやソフトロボティックスへの応用も期待されます。

また,DNA二重らせん構造の安定性に関するデータベースが拡充されれば,計算科学を用いてDNAの塩基配列からゲルの流動性を直接計算できるようになることが可能となり,実験することなく,コンピュータ上で計算するだけで,オンデマンドの流動性を持つゲル材料を提供できるようになります。

【謝辞】

本研究は,JSPS科研費・若手研究(JP17K14536,JP19K15628,JP20K15338),特別研究員奨励費(JP20J22044),基盤研究A(JP16H02277,JP21H04688),学術変革領域研究B(20H05733), 科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR201Z),センター・オブ・イノベーションプログラム(JPMJCE1304,JPMJCE1305),戦略的創造研究推進事業(JPMJCR1992)の支援を受けたものです。

論文情報

雑誌名 Advanced Materials(材料科学の専門誌)
論文タイトル Star-Polymer-DNA Gels Showing Highly Predictable and Tunable Mechanical Responses
(力学応答の予測・制御が可能な星型高分子DNAゲル)
著者 大平征史1,片島拓弥1,内藤 瑞2,青木大輔3,吉川祐介4,岩瀬裕希5,高田慎一6,宮田完二郎7,鄭 雄一1,酒井崇匡1,柴山充弘4,5,李 响81東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻,2東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター臨床医工学部門,3東京工業大学大学院物質理工学院応用化学系,4東京大学物性研究所附属中性子科学研究施設,5一般財団法人総合科学研究機構中性子科学センター,6国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター,7東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻,8北海道大学大学院先端生命科学研究院)
DOI 10.1126/sciadv.abl5381
公表日 2022年2月16日(水)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院先端生命科学研究院 准教授 李 响(リ シャン)
TEL 011-706-9020  メール x.li[at]sci.hokudai.ac.jp
URL https://xianglilabhokkaido.wixsite.com/website

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
TEL 011-706-2610  FAX 011-706-2092  メール jp-press[at]general.hokudai.ac.jp

東京大学 大学院工学系研究科広報室
TEL 03-5841-0235  FAX 03-5841-0529  メール kouhou[at]pr.t.u-tokyo.ac.jp

J-PARCセンター広報セクション(〒319-1195 茨城県那珂郡東海村白方2番地4)
TEL 029-284-4578  FAX 029-284-4571  メール pr-section[at]j-parc.jp

総合科学研究機構中性子科学センター(〒319-1106 那珂郡東海村白方162-1いばらき量子ビーム研究センター内)
TEL 029-219-5300  FAX 029-219-5311  メール press[at]cross.or.jp

[at]を”@”に置き換えてください。

【参考図】

図1. (左) 本研究で合成したDNAゲルの模式図。DNAは二重らせん構造を形成するが,絶えず解離と結合を繰り返す。(右)試験管に入れた透明なDNAゲル。室温ではゲル状態であるが,温度を上昇させるとDNAの二重らせん構造が解離してゾル状態(液体)となる。DNAゲルに蛍光色素を入れた場合,DNA二重らせん構造が形成されるときにのみ,緑色蛍光を示す。


図2. (a)小角中性子散乱プロファイル。(b)ゲルの流動性とDNA二重らせん構造の解離時間の関係。両者は,0.1 – 2000秒という幅広い時間領域で一致した。

用語説明

*1 DNA二重らせん構造 … 2本の相補的な塩基配列を持つDNA鎖が作るらせん状の構造。DNA鎖鎖間の水素結合やスタッキング効果により構造形成しているが,力や温度刺激を与えると解離する。

*2 架橋 … 高分子同士を部分的に結合させ,橋架け構造を形成することを指す。架橋を導入した量,架橋を導入した場所,さらに架橋の安定性などによって材料の性質が大きく変化する。

*3 架橋の安定性 … 水素結合などの物理的な相互作用によって作られる架橋は,絶えず結合と解離を繰り返す。この架橋の安定性が高いほど,ゲルの流動性が下がる。

*4 星型高分子ゲル化法 … 本研究グループにより確立された,4分岐星型高分子を適切な条件下で架橋することにより,均一性の高い構造を持つゲルを得る手法。

*5 ポリエチレングリコール … 生体適合性が高い高分子。医薬品や化粧品として用いられている。

*6 DNAの構造計算プログラム … DNAが作る構造(二重らせん構造やヘアピン構造)を予測し,熱力学的安定性を計算するプログラム。

*7 中性子散乱 … 原子炉や核破砕施設などから得られる中性子を用いて物質中の構造や運動性を観測する研究手法。今回はJ-PARC MLFの中性子小角・広角散乱装置(BL15,大観)を使用した。


*8 流動時間 … 材料の流れやすさを示す指標。正確には応力緩和時間と呼ばれる。