水素から電子を取る貴金属フリー触媒を開発

2013.02.08

水素から電子を取る貴金属フリー触媒を開発
-水素活性化酵素の完全モデル化に成功-
(貴金属ルテニウムの代わりに価格1/4000の鉄を使用)

国立大学法人九州大学(総長 有川節夫、以下「九州大学」という)、一般財団法人総合科学研究機構、国立大学法人茨城大学の研究グループ(代表:九州大学小江誠司(おごうせいじ)教授)は共同研究により、自然界に存在する水素活性化酵素「ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼ」をモデル(模範)として、同様の働きをする新しいニッケル-鉄触媒を開発しました。そして、この触媒を用いて、常温常圧で水素から電子が取り出せることを示しました。これまで、自然界の酵素をモデルとすることで、安全・高性能・低コストな人工触媒の開発が多く試みられてきました。これまでの、最良の機能モデルは、2007年に九州大学の同研究グループが開発したもので、「鉄」ではなく貴金属である「ルテニウム」を使用したニッケル-ルテニウム触媒でした。今回、ルテニウム(240円/g)の代わりに、約1/4000の価格の鉄(0.06円/g)を使用した系での水素の活性化に初めて成功し、学術的な価値だけでなく、今後の燃料電池用の触媒などへの応用を考えると画期的な進歩といえます。

本研究は、文部科学省により創設された世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の拠点である「カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)」(所長 ペトロス・ソフロニス)、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)研究課題「水素活性化アクア触媒界面による常温・常圧エネルギー変換」、および文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「感応性化学種が拓く新物質科学」の研究の一環として、九州大学の小江誠司教授の研究グループが九州大学伊都キャンパスおよび福岡市産学連携交流センターで行ったものです。

研究成果は、2013年2月7日(木)(米国東部時間)に米国科学雑誌「Science」のオンライン版で公開されます。

背景

安全でクリーンでしかも持続可能なエネルギーを供給することは、21世紀の重要な課題の一つです。水素はそのエネルギーキャリアーとしての役割を担っていけるかどうかが問われています。自然界では、水素活性化酵素「ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼ」が常温常圧という温和な条件で、エネルギーキャリアーである水素から電子を取り出していますが、これまで同様の反応を同条件で人工的に行うことはできませんでした。九州大学の小江誠司(おごうせいじ)教授を中心とする研究グループは、これまでに、水素活性化酵素であるニッケル-鉄ヒドロゲナーゼ※1の人工モデルとなる ニッケル-ルテニウム触媒※2の合成(2007年4月25日プレスリリース)、その触媒を用いて常温常圧で水素から電子の取り出し(2008年8月9日プレスリリース)および分子燃料電池の開発(2011年9月6日プレスリリース)に成功していました。しかし、それらの研究では、高価な貴金属であるルテニウムを使用していることが問題点でした。
(参考価格:ニッケル:1.6円/g、ルテニウム:240円/g、鉄:0.06円/g)

内容

今回、九州大学を中心とする研究グループは、自然界の水素活性化酵素であるニッケル-鉄ヒドロゲナーゼをモデルとして、新たなニッケル-鉄触媒※3の開発と、常温常圧で水素からの電子を電子受容体(フェロセニウムイオンやメチルビオロゲン等)に移動させること※4に成功しました。結晶構造の解明により、水素を活性化した後に生成するヒドリドイオン(H)がニッケルではなく、鉄に結合していることを示しました。これまでニッケルか鉄のどちらにヒドリドイオンが結合しているかは分かっていませんでした。

効果

本研究の成果により、ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼによる水素活性化のメカニズムの解明と、貴金属フリー触媒による水素活性化の研究が飛躍的に前進しました。

今後の展開

今後は、水素エネルギー利用技術の発展、例えば、ニッケル-鉄触媒を用いた白金フリー燃料電池の開発などにつながるものと期待できます。

掲載論文

題目:
A Functional [NiFe]Hydrogenase Mimic that Catalyzes Electron and Hydride Transfer from H2
著者:
Seiji Ogo, Koji Ichikawa, Takahiro Kishima, Takahiro Matsumoto, Hidetaka Nakai, Katsuhiro Kusaka, Takashi Ohhara
雑誌名:
Science
DOI:
10.1126/science.1231345

用語解説

ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼ
自然界に存在する、水素を活性化する酵素です。その活性中心は、図1 のように、ニッケル(Ni)と鉄(Fe)がシステイン残基(Cys)のイオウ原子(S)によって架橋された2核構造です。Xは、休止状態ではH2O、OH、またはO2-、活性化状態ではHと考えられています。

図1 ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼの活性中心の構造 (Cys = システイン残基)

ニッケル-ルテニウム触媒
2007年に九州大学の小江誠司教授を中心とする研究グループが開発した、ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼの人工モデル触媒です(図2)。この人工モデル触媒は、鉄(Fe)の代わりにルテニウム(Ru)を用いて、常温常圧で水素を活性化します(Science 2007315、585-587で発表、2007年4月25日にプレスリリース)。

図2 ニッケル-ルテニウム触媒の構造

ニッケル-鉄触媒
今回、九州大学の小江誠司(おごうせいじ)教授を中心とする研究グループが開発した、ニッケル-鉄ヒドロゲナーゼの人工モデル触媒です(Science 2013 in press)。自然界のニッケル-鉄ヒドロゲナーゼと同様に、ニッケル(Ni)と鉄(Fe)を使って常温常圧で水素を活性化します。X線及び中性子回折により、その人工モデル触媒の構造を明らかにしました (図3)。

図3 ニッケル-鉄触媒の結晶構造(本研究)

常温常圧で水素からの電子抽出
具体的には図4 の触媒サイクルです。触媒1が常温常圧で水素を活性化し、鉄(Fe)にヒドリドイオン(H)が結合した触媒2となります。触媒2は種々の電子受容体に電子を与え、触媒1に戻ります。

図4 ニッケル-鉄触媒を用いた水素からの電子抽出(本研究)

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