中性子で格子間酸素の不在を立証し、燃料電池材料の高いイオン伝導の起源を解明

2018.10.26

中性子で格子間酸素の不在を立証し、燃料電池材料の高いイオン伝導の起源を解明
– BL18 SENJUのユーザー支援 –

Laを過剰にしたアパタイト型酸化物イオン伝導体は基本組成(La9.333Si6O26)よりも高い酸化物イオン伝導度を示します。そのため燃料電池※1材料として期待されている物質です。その要因は格子間酸素によるものなのか(La9.333+xSi6O26+2x/3[xは過剰La量]) 、Si空孔によるものなのか(La9.333+x(Si6-3x/43x/4)O26[□:Si空孔])? 東京工業大学 理学院 化学系 助教の藤井 孝太郎氏、教授の八島 正知氏らの研究グループが中性子実験で明らかにしました。

詳しくはプレスリリースをご覧ください
アパタイト型酸化物イオン伝導体における高イオン伝導度の要因を解明
-定説くつがえす格子間酸素の不在-

図1 単結晶中性子回折法で明らかにしたアパタイト型酸化物イオン伝導体La9.333Si6O26およびLa9.565(Si5.8260.174)O26の結晶構造と、高いイオン伝導度発現の要因。イオン伝導度の測定から、La過剰組成では基本組成に比べて、La三角形の中心に存在する酸化物イオンO4とLaとの距離が短くなってO4が不安定化し、c軸方向にO4の空間分布が広がることで、酸化物イオン伝導の活性化エネルギーが低くなり、高いイオン伝導度を引き起こすことを見出した。画像提供:藤井 孝太郎(東京工業大学 理学院 化学系)。

中性子で格子間酸素の不在を立証する

藤井氏らのグループは、まずX線による単結晶回折法で調べ、おおよその結果を得ました。しかしX線に対するLaの原子散乱因子が大きすぎるため、Laの影に隠れて格子間 Oが存在するか否かの確認ができませんでした(X線の原子散乱因子 La:O:Si =57:8:14)。そこで中性子による単結晶回折法を行うことにしました。中性子は原子核と相互作用するので、散乱振幅は原子番号順ではありません(中性子の散乱振幅 La:O:Si = 0.83:0.58:0.41)。中性子では格子間OがLaの影に隠れることなく確実に識別できるので、Oの不在を確認することができるのです。

図2 16O、28Si、139LaのX線散乱因子と中性子の散乱振幅。双方の139Laの面積を等しく示した。

BL18 SENJUの特徴

大強度陽子加速器施設 J-PARCの物質・生命科学実験施設 MLFには、タンパク質、金属、粉末などそれぞれの試料に適した回折実験ができるビームラインが8本あります。アパタイト型酸化物イオン伝導体の構造解析には低分子化合物の単結晶測定に特化しているBL18 SENJUが最適です。しかし藤井氏には中性子飛行時間法(TOF)※2での単結晶回折測定の経験がありませんでした。「特に不安に思っていたのはデータの処理でした。単結晶の回折データは適切に処理しないと構造解析に使える形にできず、まったく意味のないデータになってしまいます」と藤井氏は当時の不安を口にしました。

図3 大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設に設置されている特殊環境微小単結晶中性子構造解析装置(SENJU)の(a) 外観図、 (b) 実際の装置、(c) 測定した回折写真

藤井氏へのユーザー支援

図4 オフラインの架台で試料の位置を調整している様子。赤丸で囲んだ所に試料がある。2台のカメラで試料を撮影し、モニターを見ながら位置を合わせる。位置が決まったらフランジごと外してSENJUに取り付ける。画像提供:藤井 孝太郎(東京工業大学 理学院 化学系)。

この実験でデータ処理を支援したのはCROSS 中性子科学センター 研究員の花島 隆泰氏です。現在はBL17写楽のメンバーですが、実験当時はBL18 SENJUを担当していました。「TOFでは生データが2次元+飛行時間になるので見慣れていなかったのではないかと思います。X線解析ソフトと概念は同じなので、慣れればどのユーザーさんにも教科書通りだと分かってもらえます。学生さんが来ていたので目の前で解説しながら作業しました」とユーザー支援を振り返りました。

日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 研究主幹でBL18 SENJUの装置責任者である大原 高志氏は「今回の藤井氏、八島氏のグループは、非常に大きく、かつ良質な単結晶試料を用意されたため、時間的に余裕のある測定を行うことができました。藤井氏は結晶構造解析の基礎知識もあり、何より自力でデータ処理を行うことに強い意欲を見せていたので、私としては最初にデータ処理ソフトの使い方を教え、あとはいくつかの質問に答えた程度でした」と回想しました。藤井氏も「これまでX線でしか単結晶回折測定の経験がなかった私でも、すぐに使えるようなソフトウェア環境が整っていたのが良かったです」と話していました。

BL18 SENJUでの一般的なユーザー支援

BL18 SENJUでの実験時では一般的にどのようなユーザー支援を受けられるのでしょうか。

大原氏は「割り当てられたビームタイムの中で論文に使えるデータセットを揃えること」を考えてユーザー支援に臨んでいます。「事前に、実験から最低限どのような情報を得るかをユーザーさんと相談しておきます」。データを揃えるためには色々な方向から試料に中性子を当ててデータをとる必要があります。試料の大きさや対称性、全ビームタイムから、測定する方向の数、どの方向から中性子を当てるか、一つの方向あたりの測定時間を決めます。「ここで適切な判断ができるかどうかが実験を成功させる鍵になります。自分の持つ知識を総動員します」と大原氏。すべての準備が整ってから試料を適切にSENJUにマウントし、実際の測定を行います。

測定後はもちろんのこと、測定中にも解析ソフトを使って得られたデータの処理を行います。測定中のデータ処理によって、試料の品質や試料が狙った方向を向いているかどうかを確認することができるからです。測定後のデータ処理では、生データから構造解析に必要な情報を抜き出します。ユーザーによっては、その後の構造解析まで大原氏や他のBL18 SENJUのメンバーが行うこともあります。花島氏は「ユーザーさんがBL担当者に期待していることと、自分でやりたいことの境目を聞くようにしています。こちらでデータ処理をする場合でも作業内容を説明し、データ処理に慣れてもらえるようにしています」とBL担当者としての心がけを言葉にしました。

中性子での単結晶回折法は構造を調べる強力な手法

藤井氏は今回の実験について「測定から解析まで我々の要望に応えて対応してくださりとても助かりました。解析はデータ処理の見直しを行う必要もありますが、我々の要望に合わせて花島さんや大原さんが必要なデータ処理を手伝ってくださったおかげで今回発表したような成果に繋げることができました」とBL担当者を労いました。「中性子を利用した単結晶回折法は構造を調べる大変強力な手法で、今回発表した研究の中でそれを再認識することができました。これまで考えられていた結晶構造が間違っている可能性を見出せたことから分かることと思います。その後もBL18 SENJUを利用した実験は続けており、その結果を活かして新しい科学の展開につなげられればと考えています」と今後の抱負を聞かせてくれました。

それに対し大原氏は「今回の実験を通じてTOF単結晶中性子回折法の知識や経験をたくさん得られたと思います。今後もBL18 SENJUを使ってたくさんの成果を出してもらえたら嬉しいです」とエールを送りました。

用語解説

燃料電池
使い切りの1次電池、充電ができる2次電池と違い、燃料を追加することで長時間電気を取り出すことができる燃料電池は、エネファーム(家庭用燃料電池コージェネレーションシステム)にも利用されている。
燃料電池は電気化学反応と電解質により、いくつかの種類に分けられるが、特に固体酸化物形燃料電池(SOFCまたはSOFCs)は次世代エネルギー源の中核を担うことが期待されている。しかし高温領域(600℃〜1000℃)でしか機能しないため、強度や耐久性を確保することが難しい。Laを過剰にしたアパタイト型酸化物イオン伝導体は600℃以下の中低温で比較的高いイオン伝導度を有することから、SOFCの固体電解質あるいは電極材料として有望である。
中性子飛行時間法(TOF)
中性子がある一定の距離を飛行する時間を計測することによって、速度・エネルギー・質量などを求める測定方法。英語(time-of-flight method)の頭文字をとり、TOF法と略記する。J-PARC MLFで中性子回折実験ができる8本のBL(BL03 iBIX、BL08 SuperHRPD、BL09 SPICA、BL11 PLANET、BL18 SENJU、BL19 匠、BL20 iMATERIA、BL21 NOVA)全てでTOFを用いている。